昨日インスタに「救急車」の投稿をしました。
おばあさんが倒れて頭を強打し手もすりむいて出血していた。
通りすがりのサラリーマンやら女性やお店の人ご近所の皆さんの協力で救急車に乗せたというものです。
そのおばあさんは母と同年代で母と重ねて痛かっただろうなと心がとても痛かったです。
幸いな事に意識もありしっかりお話しが出来たので救急車を待つ間不安にならないようにおしゃべりをしたのでした。
「口は元気なのよー」って言っていました。
そのおばあさんは一人で住んでいるようで家族といっても姪っ子がいるのみという。
こんなに身体が不自由なのに一人で暮らしているという。。。。
だから日頃から自宅でも転倒には注意していると話していました。
人が集まっていたのでこのおばあさんを知っているご近所さんが救急車に付き添っていってくれました。
目鼻立ちがきれいなおばあちゃんだったので若い時は可愛いかったと思う。
そしてきっと一人暮らしの老人が日本ではとてもたくさんいるのだと思うと胸がとても苦しくなった。
元の生活無事に戻ってくれることを本当に願います。。。。
家も近所なので今度みかけたら声かけておしゃべりにまたお付き合いしようと思います。
バリの義母は健在で義兄がみてくれています。
少しの時間だったら良いのですが足も悪く少し認知症も発症しているので一人にしておけないのです。
バリの家は広いのでその中を毎日歩いてパトロールして疲れたら座って休んだり寝たりしています。
家の中の義母のお休みところには椅子がちゃんと置かれています。
そして掴まって歩くところも義母はちゃんと決めて歩いているのです。
さすが6人もの子供を育てた義母です。
義父も脳梗塞で2回倒れ半身不随でしたがコロナになり会えずなくなってしまいました。
この為私は元気におしゃべりしている義父の思い出のみです。
この介護の時も義兄が義父の面倒をみていました。
かっこいい義父だったから最後は自分の意思とは反対の生活だったようで辛かったのではと思います。
日本のようにバリアフリーと程遠いバリの家だったのでそれはそれは大変だったと思います。
しかし、義兄は仕事をしていなかったのでそれができたのでした。
この為私達は費用面でなんとかサポートをしていたのでした。
みんないずれは年をとっていくのですが最後までどう生きるかって本当に大切なんだと改めて感じます。
自分でも気持ちは若い時となんら変わっていないのに外見や身体が変わっていきます。
老いですよーー老い。
これはどうしようもないのですが年々やってくるのでよーーーこれがーーー
だから多分車の運転も気持ちは若いままだから自分は大丈夫と思っても身体がもう動かないので誤操作も起こります。
自分を過信してはいけないし認めたくない自分もいるし辛いけど現実は受け入れなくてはいけません。
自分の事もですが周りを見る力も衰えてくるのです。
だから余裕をもっての対応は必須になります。
寝坊したーーー駅まで走れーーーーなんて無理です。
だから少しでも老化を遅らせる事をやるのみです。
日頃からいろいろ対応していて病気になってしまうのはもう仕方ないとしても
足腰は鍛えておけるし日々のつみ重ねだから頑張ろうって改めて思いました。
老いとは戦わず寄り添うです。。。。